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浜松教会の歴史

1868年(明1)

明治政府キリシタン宗門禁制の高札を永年掲示とする

1873年(明6)

キリシタン宗門禁制の高札撤廃
カナダメソジスト教会宣教師マクドナルド来日

1887年(明7)

マクドナルド静岡着任
静岡教会創立(現在の日本キリスト教団静岡教会) 

1883年(明16)

静岡教会の中山笑(えむ)牧師浜松伝道開始、連尺町に間借りして出張講義

1884年(明7)

同所付近に借家、講義所設置、結城無ニ三伝道師着任

7月25日 静岡教会より分離独立して浜松教会創立、初代教職結城無ニ三伝道師 ※結城無ニ三伝道師についてはこちらもお読みください>>

1889年(明22)

最初の会堂献堂式 伝馬町129番地

1890年(明23)

日曜学校(教会学校)始まる?教会の記録に教会学校について最初の記述

1892年(明25)

会堂類焼のため焼失

1893年(明26)

第2次会堂献堂式

1899年(明32)

婦人会発足

1905年(明38)

会堂大改造(畳敷が腰掛となる)

1907年(明40)

日本メソジスト教会成立、日本メソジスト教会浜松教会となる

1910年(明43)

高町に講義所設置

1915年(大4)

浜松教会共励会発足

1916年(大5)

第3次会堂献堂式

1918年(大7)

高町講義所、浜松教会から分離

1919年(大8)

高町講義所、高町教会となる

1922年(大11)

コーツ宣教師高町教会に来任

1926年(大15)

カナダ婦人ミッションによって松城幼稚園創立

1932年(昭7)

ストーン宣教師高町教会に来任

1934年(昭9)

浜松教会と高町教会合併、日本メソジスト教会浜松中央教会となる

1937年(昭12)

高町に第4次会堂献堂式

1941年(昭16)

日本キリスト教団成立、日本メソジスト教会浜松中央教会から日本キリスト教団浜松教会となる

1945年(昭20)

4月30日 会堂爆撃により大破
6月17日 焼夷弾により会堂焼失

1949年(昭24)

第5次会堂献堂式

1954年(昭29)

壮年会発足
日本キリスト教団信仰告白制定

1964年(昭39)

創立80年を祝う

1976年(昭51)

パイプオルガン(ノエル・マンダ-社)購入、静岡県では最初に設置されたパイプオルガンとなる

1984年(昭59)

創立100年感謝礼拝
第6次会堂献堂式(創立100周年記念事業)

1990年(平2)

庭・空調・音響設備の整備

1991年(平2)

「浜松教会百年史」刊行

1996年(平8)

創立110年を記念して信徒文集「共に恵みにあずかって」

2004年(平16)

創立120年を祝う、大野惠正先生を招いて記念講演会

2005年(平成17)

創立記念日に初代教職結城無二三牧師の曾孫風間重雄先生(中央大学理工学部学部長)を招いて記念講演会

(『浜松教会百年史』『慈しみかぎりなく 高町教会史』を中心に)

◇歴代牧師

*カナダメソジスト教会浜松教会時代
初代 結城無二三伝道師 1884年(明17)6月~1886年(明19)5月
2代 小川源六伝道師 1886年(明19)6月~1888年(明21)7月
3代 橋本睦之牧師 1888年(明21)7月~1890年(明23)7月
4代 吉井文造伝道師 1890年(明23)7月~1891年(明24)7月
5代 土屋彦六牧師 1891年(明24)7月~1986年(明29)6月
6代 川村兵治牧師 1986年(明29)6月~1898年(明31)6月
7代 村岡菊三郎牧師 1898年(明31)6月~1902年(明35)6月
8代 外山孝平牧師 1902年(明35)6月~1904年(明37)6月
9代 白石喜之助牧師 1904年(明37)6月~1906年(明39)6月
10代 米山定昌牧師 1906年(明39)6月~1907年(明40)6月

*日本メソジスト教会浜松教会時代
11代 曽根銀次郎牧師 1907年(明40)6月~1901年(明43)4月
12代 深町正夫牧師 1910年(明43)4月~1912年(明45)4月
13代 飯沼権一牧師 1912年(明45)4月~1914年(大3)4月
14代 鵜飼捨吉牧師 1914年(大3)4月~1917年(大6)4月
15代 金沢敬治郎牧師 1917年(大6)4月~1918年(大7)4月
16代 矢内哲牧師 1918年(大7)4月~1919年(大8)4月
17代 金沢敬治郎牧師 1919年(大8)4月~1925年(大14)3月
18代 平野一城牧師 1925年(大14)4月~1929年(昭4)3月
19代 宮崎繁一牧師 1929年(昭4)5月~1932年(昭7)4月
20代 白水萬里牧師 1932年(昭7)4月~1933年(昭8)4月
21代 柳谷哲夫牧師 1933年(昭8)4月~1934年(昭9)3月

*日本メソジスト教会高町教会歴代牧師
初代 外山孝平牧師 1919年(大8)4月~1932年(大12)2月
2代 加家美祐孝牧師 1923年(大12)4月~1927年(昭2)3月
3代 斉藤庫三牧師 1927年(昭2)4月~1928年(昭)3月
4代 阿部銀蔵牧師 1928年(昭3)4月~1931年(昭6)3月
5代 白石喜之助牧師 1931年(昭6)4月~1933年(昭8)3月
6代 鈴木鉄也牧師 1933年(昭8)4月~1934年(昭9)3月

*日本メソジスト浜松中央教会時代
(浜松教会と高町教会が合同して浜松中央教会となる)
22代 鈴木鉄也牧師 1934年(昭9)4月~1936年(昭11)4月
23代 鶴田潔牧師 1936年(昭11)4月~1941年(昭16)6月

*日本キリスト教団時代(1941年~現在)
23代 鶴田潔牧師 1941年(昭16)6月~1952年(昭27)4月
24代 卯尾憲三牧師 1952年(昭27)4月~1975年(昭50)3月
25代 大野惠正牧師 1975年(昭50)4月~1981年(昭56)3月
26代 吉川八郎牧師 1981年(昭56)4月~1988年(昭63)3月
27代 池宮仰牧師 1988年(昭63)4月~1999年(平11)4月
28代 水野穣牧師 1999年(平11)4月~2007年(平19)12月
2008年(平成20年)1月から無牧
29代 勝田英嗣牧師 2009年(平21年)4月~2017年(平29)3月

30代 西堀俊和牧師 2017年(平29年)4月から


*宣教師
R.C.アームストロング 高町教会
C.P.ホームス 高町教会
H.E.ウォーカー 高町教会
H.W.アウターブリッジ 高町教会
H.H.コーツ 高町教会
A.T.ウィルキンソン 高町教会
L.S.オールブライト 高町教会
A.R.ストーン 高町教会
ミス・マクラクラン 

*副牧師・伝道師
池田貞子副牧師 1963年(昭38)~1975年(昭50)
吉川幸子副牧師 1981年(昭56)4月~1988年(昭63)3月
北見さとみ伝道師 1993年(平5)4月~1995年(平7)3月

◇創立のころ

「どなたでも ごゑんりょなく おいでありて おききなされ」
(『浜松教会百年史』に掲載されている明治17年のチラシから)

『浜松教会百年史』12頁~15頁から、浜松教会創立時の様子を紹介します。

1.浜松におけるメソジスト教派伝道の発端
1881~2(明治14~15)年頃、旧幕臣で維新の際三方原に移された人達の中で、慣れぬ開墾に手を焼いて浜松へ再移住した人が多かったが、その中に大川義房、大野充贇のニ家族がおった。元城町の東照宮の前に住んでいた大野夫人せきは、大川の妹で病弱であったという。

 

大川の親戚で高野一という沼津でミーチャム宣教師より、受洗し、大変熱心なキリスト教信者がいた。この高野が聖書を売りながら浜松に来て、しばらく大川方に滞在し、教えを説き、大川のみならず大野夫妻も耳を傾けるようになり、その他にも、二、三の求道者が出来た。そこで高野は静岡教会の中山笑牧師に乞うて浜松の伝道が開始されたのである。
その出張講義所は、連尺町の松浦屋という小さな商人宿であった(現連尺町の三秀堂薬局あたり)。その店先を借り、説教のある晩は「基督教説教」と書いた高張提灯を軒に吊るしていた。この出張講義所がいつから始められたか明らかではないが、左のような印刷物があったことからすると、明治17年1月には既に存在したことは間違いないし、静岡におけるメソジストの歴史にくわしい深町正勝牧師によると、1883(明治16)6月末頃であろうと言う。主として出張してきたのが静岡教会在勤の結城無二三福音士*であった。

*カナダ・メソジスト教会日本部会が教職の不足を補うためにとられた有給の信徒伝道者。福音士は数年間実地伝道と試験を経て教職試補となり、やがて牧師となることができた。結城無二三の詳細に付いては、ここをクリックして下さい。

2.最初の受洗者と講義所の設置
大川義房は入信の決心をして1883(明治16)7月15日、盂蘭盆会を期して山中牧師より受洗した。浜松教会(当時は出張講義所)最初の受洗者である。同日大野充贇、その妻せきおよび家族も受洗した。これより先、1880(明治13)4月に元城町在住の原芝忠一の妻テイ(18歳)がマクドナルド宣教師から受洗したとの記録があるが、恐らくは静岡で受洗したものであろう。原芝がいかなる人物であったかはわかっていない。

 

大川受洗の翌1884(明治17)年3月16日大川の妻かくおよび家族が受洗した。このようにして次第に信徒の数も増してきたので、講義所を設置し伝道師を迎えることとなって、同年6月結城無二三伝道師が来任した。歴史に見る古い頃の教職資格(牧師か、伝道師か等)については明らかではないものが往々であるが、結城は恐らくはこの時から伝道師と呼ばれたのではないかと思われる。

 

講義所の場所は連尺町十字路の西南角あたり(現文泉堂書店の向い)で、出張講義の行われた松浦屋の近所になる。「遠州浜松ァ廣いよで狭い、横に車が2丁立たぬ」といわれた街、拡幅で今では道路となっている場所であろう。
講義所の規模については不明であるが、後に述べる会計報告書に「家賃」というのがあるから、借家であったことは間違いないし、また、4月の家賃を払っていることから、設置の時期は4月であったと推察される。

3.浜松教会の成立
当時の日本メソジスト教会の組織では、事業年度は毎年7月からよく年6月までだったようで、3ヶ月ごとに毎季会(明治43から四季会と称した)を開いて初版の報告を集め、重要事項の決議をするならわしであった。毎季会の議長には部長があたるものとし、議長から指名された書記が記録をとり、その記録は部長の手許に保管することとなっていた。次に掲げる最初の毎季会記録から浜松教会成立を見ることとしよう。

第1毎季会
1884年(明治17)7月25日(金)午前10時
浜松連尺町講義所において第1毎季会を開く。但浜松教会において毎季会を開くは之を初めとす。
牧師平岩愃保(静岡部長)、伝道師結城無二三、大野充贇、大川義房出席す。
浜松教会は従来静岡支会の処、明治17年年会(当時はカナダのトロント年会に所属する日本部会)において静岡教会より分離、爾来浜松教会と名称すべく決議す。故に今般毎季会を組織す。牧師の指名を以って大川義房を書記、大野充贇を会計とす。

本期4、5、6月信徒献金 金 1円44銭
教会諸経費支払 金 98銭
ミッション補助金 金69円
1)家賃4、5、6月 金10円
2)伝道師給料4、5、6月 金54円
3)備品 金 5円

ここに浜松教会は誕生したのである。

 

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